今日は我が家にとって忘れられない日となりました。ママが42歳まであと10日余りというタイミングで、我々夫婦にとって待望の赤ちゃんが生まれたのです。
待望の、と言っても、幸いにして高齢の夫婦によくある不妊治療などを行うことは全くなく、長い妊活も減ることなく自然妊娠で授かった子で、そういう点においては「苦労してやっとここまできた…」という感覚はありませんでした。それでも十月十日の妊娠期間は短いようで長く、その間もそれなりに悩むことはあったので…今日という日を無事に迎えられたことは何よりの幸せです。
正確には、出産の直前になっていろいろと事態が急転してしまい、そのバタバタを過ごす中で、あまり苦労を噛みしめる暇がなかったというのが本音かもしれません。
子供の成長が遅れている…という疑いで入院
それまで定期的に受けていた妊婦検診では、特に成長の問題は指摘されておらず、順調に育っていた我が子。ところが、出産まであと1ヶ月もないタイミングになり、急に「成長が止まった」という病院側からのコメントが。エコーから推定される子供の体重が、前回の検診からほとんど増えていないようでした。
また、これとは別に、ママのお腹の中の羊水が少なくなっているとのコメントももらいました。羊水が少ないことが成長の鈍化につながっている?のかどうかは不明ですが、とにかく2つの不具合が重なってしまっているようです。
この事態がなかなか改善せず、出産予定日の27日まであと少しとなった7月中旬になり、ママが入院することになりました。羊水が少ないということは、場合によっては子供にとって危険な事態にもなりうるとのことで、何があってもすぐ対処できるよう、出産日までそのまま入院が続くとのことです。
陣痛発生のタイミングまで自宅で過ごすつもり満々だったのが、急転直下の入院生活。あまりの急展開に、驚きと不安に襲われました。
思った以上に辛い入院生活…
病室は1人部屋でした。個室というわけではないのですが、2人部屋でたまたま他の患者さんがいなかったために1人で使わせてもらえるとのこと。なので、相部屋の料金で個室が使えるような感じ。
その点は良かったのですが、入院生活はなにぶん退屈で…娯楽がテレビとネットしかありません。今までは休みのたびに夫婦で遊びに行ったり、ご飯を食べに行ったりしていたので、屋内に閉じこもる生活が本当に苦痛でした。
また、病院食も非常に質素なもので…出産を控えた妊婦がこんな栄養状態でいいのか?と疑ってしまう量でした。本当はダメなのかもしれませんが、パパがこっそり食べ物を差し入れ…それくらいひどい食生活でした。
個室ではないので、お風呂は病室外にある共同のシャワールームを使うことになりました。他の患者さんとタイミングが被らないよう、予約して使う必要があります。自由な時間にお風呂に入れないのはなかなか辛いものがあります。
先生の回診も定期的にあり、人と会うストレスも少しずつ積み重なっていく感じです。ママのような羊水が減るケースは珍しいらしく、学生さんもぞろぞろ引き連れての回診(大学病院だったため)。対応に疲れます…
ただでさえ慣れない入院生活が産後まで2週間以上続くとなり、この期間は本当に時間の流れが遅く感じられました。
パパはタイミングよく夏休みに入り、毎日面会できましたが、時間が15分と限られており、慌ただしく来て、慌ただしく去っていく…総合病院とはいえ、そろそろコロナはいいでしょう、と声を大にして言いたいです。
低体重出産になるかも、と言われて
出産直前のエコー検査で、子供の推定体重が2,300gぐらいと言われました。2,500gを下回ると低体重と言われる中、基準をかなり下回りそうな数字です。エコーでの測定誤差がだいたい10%程度と聞いていたので、大きくてギリギリ2,500gを超える程度か…と思うと、正直不安でいっぱいでした。
低体重で生まれると、病気や発達不全などのリスクが高まると聞いていたので、この知らせを受けた時は本当にショックでした。とはいえ、必ず病気などにかかるわけではないので、なんとか気を確かに持って頑張ろうと、夫婦でお互いに自分に言い聞かせて出産までの期間を過ごしました。
低体重で生まれた場合、子供の状況が落ち着くまでは退院できないそうです。なので、ママだけ先に退院し、子供はしばらく入院継続ということにもなるようです。色々と不安は尽きません。
帝王切開を告げられる
羊水が少ないという状況は、子供にとって危険な事態につながりうるということで、予定日の7月27日を待たずに早めに産んでしまったほうがいい、という提案を病院から受けました。そこで、予定日の数日前から陣痛促進剤を点滴して分娩を促すことになりました。
ところが、なかなか出産に直結するような陣痛がきません。少しお腹は痛くなりますが、耐えられないほどにはならず。定期的に子宮口の開きを確認してもらっているのですが、十分な大きさには全く到達しない模様です。
陣痛促進剤も、使いすぎると効果が出にくくなるとのことで、あまり何日も継続はできません。そして、点滴を開始してから数日が経った頃、もしかしたら普通分娩は難しいかもしれないということで、帝王切開を提案されました。
ずっと普通分娩で産むつもりでいた我が家にとって、帝王切開の提案は青天の霹靂。心の準備ができていない状態だったので戸惑いも大きかったのですが、子供が安全に外に出てこられるのなら…ということで、ママの覚悟は早かったです。
病院側のスケジュールもあり、予定日の1日前、7月26日に帝王切開をすることになりました。
2,906gの男の子「はるくん」の誕生
手術は26日の15時に開始。パパは立ち会うことができないため、待合室でママのお母さんと待つことに。窓の外を眺めながら、手術の終了をソワソワしながら待っていました。ママのお母さんに「座って落ち着きなさい」と言われる始末。初めてのことで、しかも帝王切開となり、パパも気が気ではありませんでした。
16時過ぎに、助産師さんが待合室にやってきました。手術は成功です。もう少し経ったらママと子供に会えますよ、と言われ、とりあえずパパも一安心。
ママにお疲れ様とありがとうを伝え、新生児室のガラス越しに子供を見に行きます。

長男「はるくん」が新しい家族に。名前は生まれる前から決めていました。蓋を開けてみると、2,906gでの誕生。2,300gの推定は一体何だったのでしょう😅
産まれた子供の寝顔を見ていると、これまでの心配やいろいろな出来事が思い出され、それが安心に変わり、一気に涙腺が緩んでしまいました。人前にも関わらず涙をこぼすパパ。そのことを聞いて笑うママ。無事に生まれてきてくれた我が子のおかげで、久しぶりに緊張の糸が解け、どっと疲れが湧いてきました。
しかし、ママはこの瞬間から母親の役割が与えられることになります。このあとおっぱいをあげて、夜泣きにも対応し、オムツを替えて…休む暇がありません。辛い入院生活に耐えて、急な手術を乗り越えたママ、少しは休ませて…
パパは少し遅れて父親生活がスタートすることに。退院後のママと子供を受け入れる環境づくりが必要ですが、果たして1人でちゃんとできるのでしょうか?
晴れの日も、嵐の日も
土壇場に来てバタバタの出産劇でしたが、急な帝王切開を乗り越え、何とか無事に子供と対面することができました。これからは3人の生活です。何をするにも、子供中心に考えることになります。大人2人でやってきた生活をガラリと変える必要があります。
夫婦どちらも41歳で、初めて人の親になります。これまでにない苦労が待ち受けていることでしょう。きっと晴れの日ばかりではありません。時には嵐の日もあると思います。それでも、どんな日でも、パパママははるくんの味方であり続けます。どんな困難に直面しても、最後は3人で笑えるような、そんな家庭にしていきたいね。
よろしく、はるくん。

コメントを残す